深入山、オケラ撮影行。

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 本ブログ中の植物カテゴリーにUPしたオケラの写真を撮りに深入山へ行く。オケラの生えていそうなところを勘案したとき、真っ先に深入山が浮かんだからだ。もっとも当山で必ず見つけられるという確証はなかったが。
 この日、SW4連休の初日とあってか深入山GreenShower駐車場は満杯であった。キャンプ場も盛況であったが、それ以上にハイカーが多いように見受けられた。なにしろ駐車場から深入山を望むと、何某かのグループが登山道をゾロゾロと這い上がっている。さすが深入山、万人受けする人気の高さがうかがえる。あるいは、自粛生活が緩和され、人々は堰を切ったようにアウトドア活動再開といったところか?
 深入山山頂へは南登山口から登る。クヌギ・コナラ・アカマツの疎林の間を登り稜線に出ると、深入山の特徴的な景観である風衝作用の笹原低灌木帯へと変わった。はたして目的のオケラはその笹斜面の一隅に所在なげに咲いていた。被写体としてはまずまずの合格で、はるばる周南からやって来たかいがあったというものだ。
 百畳岩付近から均整のとれた三角錐状の山頂が青空に映えて綺麗であった。笹原斜面を分けて山頂へ続く一条の登山道には多くのハイカーが登り下りしているのが見える。さしずめ深入銀座といったらちょっとオーバーかも知れないが。
 山頂に着くと、まだ夏の暑さが残る下界がうそのように、初秋の蔵座高原を吹きわたる爽やかな風が心地よかった。山頂は多くのハイカーで賑わい居場所もなかったので、そそくさと北西の笹斜面をショートカットして休憩小屋方面に下りる。その途中にサックスブルーのマツムシソウが咲いていた。既に散りかけていたが、My favorite flower.との遭遇に気をよくした。
 小屋裏手の笹原灌木帯を再びショートカットし、恐羅漢山方面が望める展望岩に続く登山道に出て、あとは樹林に囲まれた古びた林道を、ひたすらGreenShower駐車場へと向けて下った。
概念図

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深入山南登山口

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ハバヤマボクチ ハバヤマ=葉場山

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オケラ① IMGP4973.jpg
オケラ

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鞍部より見る深入山

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残雪期の深入山

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百畳岩と深入山

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マツムシソウ

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深入山山頂( 1152.5m )2020/09/20 11:30

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深入山山頂より恐羅漢山

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山頂より聖湖・高岳方面

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マツムシソウ

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展望岩より恐羅漢山方面

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ワレモコウ

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深入山グリーンシャワーオートキャンプ駐車場へ帰着


オケラ(朮)キク科アザミ族オケラ属

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 キキョウがそろそろ終わりになるころ、裏山ではオケラの花が開き始める。キキョウが見つからずに、おわりにオケラを採ってきたなどということが多い。つまり、オケラはキキョウと同じような場所、陽あたりのよい明るい灌木やカヤトの尾根などに、オミナエシ、ヒヨドリバナ、コウヤボウキ、などと仲良く共棲している。
 「山でうまいはオケラにトトキ(ツリガネニンジン)、里でうまいはウリ、ナスビ。嫁に食わすはおしゅうござる。」これは信州の俚謡の一節だが、近年、この後半は「亭主に食わすは勿体ない。」と変わったとのことで、世の移り変わりはげに恐ろしいものだ。それはともかく、この若芽はよほど美味のようで、信州のみならず各地で山菜の王者として珍重されている。
 しかし、初秋、花が咲くころの葉は緑に剛毛が生え、裏面には鋭利なトゲもあり、食べるのはおろか、うっかり触ることもできない。この葉は根元に近いところでは五裂、中ほどのものは三裂、上の花に近いところでは長円形をして裂けてはいないが、表面に密生している剛毛は寒気と共に固く鋭くなり容易に落ちず、凩の吹きすさぶ中でカーキ色のドライフラワーのように揺れ、カラカラとなっている。かつて串田孫一さんは『自然手帳』(雪華社)の中で、厳冬の雪の高原の中を不意に舞い飛んできてピタリと上衣に張りついたオケラの葉のことを「蝶ネクタイの形をしたいぶし銀のバッジ」と譬えられていたが、議員さんのバッジとは違いウールの上衣やセーターに一旦くっつくと、ちょっとやそっとのことでは離れない。

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 オケラ属はキク科の中でアザミ族に属しており、葉の鋭さではノアザミやオニアザミにとてもかなわないが、花を包む苞の無骨さでは決してひけをとらない。魚骨状苞葉というのだそうだが、ドライフラワー化した苞葉はバッジどころではなく、まさに勲章だ。
 このカラカラに乾いた苞や葉や茎は当然、きわめて燃え易く、昔は蚊遣り用に焚いたものだ。京都の八坂神社では大晦日から元旦にかけて鑽火(きりび)という神事が行われ、オケラを焚いてその煙のなびく方角によって豊凶を占うのだそうだ。その際、参拝者はその火を火縄に移して持ち帰り、それで雑煮を煮るとのことだ。これを町の衆は祇園のオケラ祭りと呼んでいる。
 またオケラのわずかにピンクを含んだ白い花は、オミナエシの黄、キキョウの紫と共に三色の取り合わせで盆花とされており、岩手ではホトケグサと呼ばれているとのことだ。さらに根は、古いものを蒼朮、新しいものを白朮といい、漢方では利尿剤、健胃剤として利用されているという。朮(じゅつ)の字の和訓は(もちあわ)で、粘っこい米の意だそうだが、小型のヤマイモのような形状からみて、そんな感じがしないでもない。
 今頃はあまり見かけないが、戦前はオケラというと空財布のスッテンテンのおどけた仕種(肩をすぼめ両掌を上に向け天を仰いでポカンと口をあける)であり、また職人たちの隠語では馬鹿・間抜け・阿保をさしたそうだが、これはコオロギの仲間のケラ(愛称オケラ)の懸命だけれど滑稽な姿態からきたもので、野草のオケラのまったくあずかり知らぬことだろう。

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むつみひまわりロード

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【萩市むつみ地域ひまわりロード】
萩市むつみ地域の伏馬山山麓には休耕田を利用した約3.5haのひまわり畑があり、7月下旬~8月上旬にかけて約22万本のヒマワリが咲く。(後背は伏馬山499m)

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【萩市ウェブサイトより】
 むつみ地域の伏馬山は阿武火山群の中でも比較的大きなスコリア丘で、比高(高さの差)が140メートルあります。スコリアとは、花火のように噴きあがったマグマのしぶきからガスが抜けた黒い軽石のことです。マグマのしぶきを噴き上げる噴火をストロンボリ式噴火といい、マグマのしぶきからできたスコリアが地面に降り注いでできた地形がスコリア丘です。スコリアが降り積もるとき、はじめは噴火口から少し離れた場所に溜まり、ドーナツ状に山をつくっていきます。さらに降り続き、斜面の角度が、約30度の角度を超えると、落ちてきたスコリアは積みあがるのではなく、斜面を転がり始めます。できたスコリア丘の山の斜面は約30度となり、新しいものはプリンを伏せたような形となります。降り積もったばかりのスコリア丘の内部は高温で、スコリア同士の間隙にある空気中の酸素によって酸化し、赤くなります。

つま恋"1975"夏は燃える陽炎か。

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 1975年(昭和50年)の8月2~3日に静岡県掛川市満水(たまり)、つま恋多目的広場で行われた吉田拓郎さんの野外コンサートを観に行く。1970年代当時、若者の間ではフォークソングブームが席巻し、その例外に漏れず自分もその時代のうねりに溺れてしまった。自分的には、多くいたアーティストのうち吉田拓郎さんに熱を上げていたものだ。ちょうど夏休みとあって、当コンサートへは志を同とする友人と防府駅から各駅列車を乗り継ぎ、つま恋まで馳せ参じた。三日前に衝動に駆られ出発したものだから当然チケットなどあろうはずもなく、行けばどうにかなるさの無謀な旅だった。一日での行程は無理だったので、たしか赤穂駅で下車徹夜し、次の日は京都にいる相棒の友人宅で一泊させてもらいやっとコンサート会場の最寄りの掛川駅に到着した。当駅から炎暑のなかを延々と歩き会場に着くとオープニング曲の「あゝ青春」が聞こえてきてコンサートは既に始まっていた。その時運良くゲート前でキャンセル者のチケットを買うことができ会場に入ることができた。夕方から始まったコンサートのコンセプトは「朝までやるぞ!」であった。会場は一水の余地がないほどの人の群れで最後方から見るしかなかった。それでも夜の帳が降りコンサートも酣になって、会場が観客の興奮の坩堝に包まれ混然とするなか最前列まで進出できた。メディアでしか聴くことができなかった吉田拓郎さんの歌声や、本人を間近に生で観ることができたのは最高の感激であった。今年も8月2日はやって来て、「あゝ青春は燃える陽炎か」のごとくあの時を想い出す。
「あゝ青春」つま恋75”オープニング曲

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ライブ生配信「あいみょん」さん、弾き語り。

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 YouTubeで7月5日(日)16:00~45 に、あいみょんさんの無観客ライブ生配信(無料)があった。下手の横好きながら少々ギター弾き語りの趣味があったので興味深く見た。抑々、あいみょんさんを知ったのは吉田拓郎さんのラジオ番組で「マリーゴールド」という曲が紹介されてからである。それ以来、ギター一本で弾き語るあいみょんさんにすっかり嵌まってしまい、熱烈なファンになってしまった。ギターは「Gibson J-45」と「Martin 000-25」かも知れない。

1. 風とリボン 2. ハルノヒ 3. ユラユラ 4. 真夏の夜の匂いがする 
5. 風のささやき 6. 裸のこころ 7. マリーゴールド 
8. 君がいない夜を越えられやしない 9. 君はロックを聴かない


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オカトラノオ(岡虎ノ尾)多年草

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 オカトラノオはどこの裏山にも見られ、ほとんど雑草といってもよいような何気ない野草だ。しかし大抵、数十本から数百本と群生しているので、しなだれた無数の純白の花序の絨毯はやはり見事だ。高森の枡形山西麓の坊ヶ原湿原での数百本がゆれ動く純白の波には思わず呆然としたし、徳山の僻地、譲羽から平野山(一等三角点)へ、栄谷を左に見下しながらの息の長い尾根径に点々と途切れることなく、折からの霧雨にしっかり濡れながら送り迎えしてくれたのも忘れがたい思い出だ。
 それにしても“虎の尾”とはずいぶん大げさな名を頂いたものだ。決して茎わかれせず一本一本が直立し、ほとんど柄のない明るい葉は茎を守って先細りに付き、途中からやや湾曲して花序へと連なるその姿態を尻尾に見立てることには少しも無理はないのだが、せいぜい“猫の尾”ぐらいが適当なところだろう。(実際、各地の方言にはネコノシッポ・ネコノシッポバナなどがあるそうだ。)防長の方言としてはヤマタバコ(阿武地域)がある。(『山口県植物誌』)これは葉の形からつけられたのだろう。
 ところで今度、あらためて図鑑を調べてみて“虎の尾”の名のつく植物の多いのに一驚した。オカトラノオはサクラソウ属に属し、この属には他にヌマトラノオ・イヌヌマトラノオ・ヤナギトラノオがある。しかし最も種が多いのはゴマノハグサ科クワガタソウ属で、ヒメトラノオ・ビロウドトラノオ・エチゴトラノオ・ハマトラノオ・ヤマノトラノオ・ルリトラノオ・ヒロハトラノオなどがずらりと並んでいる。“虎の尾”属の本家はどうもこちらの方でオカトラノオ属は傍系ということのようだ。さらにシソ科ミズトラノオ属にミズトラノオ・ミズネコノオ・トラノオオジソがあり、羊歯類のチャセンシダ科にはトラノオシダ・ヌリトラノオ・トキワトラノオ・イワトラノオがある。
 これらのうち県内に自生するものはオカトラノオ(ごく普通)ヌマトラノオ(普通)イヌヌマトラノオ(稀)ミズネコノオ(ごく稀)トラノオシダ(ごく普通)ヌリトラノオ(やや普通)トキワトラノオ(稀)イワトラノオ(稀)ということになっている。(『山口県植物誌』)“虎の尾”属の本家、クワガタソウ属に属するトラノオ仲間、さらにこれらと姿態がそっくりなクガイソウ・トウテイランなどが県内にまったく自生していないというのもなにか不思議な気がする。蛇足ながらヌマトラノオは二〇年ほど前、八代から新畑へ抜ける鬼石峠付近で唯一度見かけただけだ。

ブルーインパルス画像。

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 5月29日に東京上空をブルーインパルスが医療従事者様への感謝と敬意を込めて飛行したそうである。そこで、本ブログ中から当該飛行隊の画像を抜粋せり。
【ブルーインパルス】航空自衛隊松島基地(宮城県)第4航空団第11飛行隊
使用機体:T-4中等練習機(国産) 全長 13.0m 全幅9.9m 全高 4.6m 
エンジン F3-IHI-30 Turbo-Fan 最大速度マッハ0.9(≒1,000km)
最大航続距離≒1,000km

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4番機SLOT<後尾機>
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5番機READ SOLO<第1単独機>
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6番機OPPOSING SOLO<第2単独機>
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BACK TO BACK
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FAN BREAK
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4SHIP INVERT
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ROLLNG COMBAT PITCH
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5SHIP DELTA
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Star & Cross
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Vertical Cupid
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海軍カレーパン。

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 普段よく行くスーパーの菓子パン棚に海軍カレーパンが置いてあったのが目に留まった。もともと菓子パンの類には目がなかったが、健診での血糖値上昇を気にして敬遠していたのだが、昔懐かしいレトロな雰囲気に言わば衝動買いしてしまった。旧海軍フリークな層は買ってくれるだろうなという製パン会社の戦略に、まんまと引っ掛かった感もするが。本品はご当地を反映しているのか、横須賀海軍カレーパンは戦艦「三笠」、呉海軍肉じゃがカレーパンは戦艦「大和」の絵入りである。戦艦「三笠」は日本海海戦戦捷記念艦として横須賀に固定保存されており、戦艦「大和」は旧呉海軍工廠で建造されたので絵のモチーフに使われたのだろう。「軍艦マーチ」

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十種ヶ峰、新緑と展望。

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 嘉年の十種ヶ峰八合目登山口より十種ヶ峰に登る。多事に追われ季節の移ろいなど考えることもなかったが、確実に日々は流れ山々は瑞々しい新緑に包まれていた。先ずは熊野権現社コースを取り、神角集落を眼下に大蔵ヶ岳を見ながら登る。快晴と相俟って山頂からの好展望は、山座同定に打って付けだった。とりわけ、徳佐の田園地帯を俯瞰しながら見上げる眼路の先に、莇ヶ岳から弟見山への稜線がよく確かめられた。山頂から南尾根を下り、神角コースの主ブナを再訪したあと山芍薬の谷を巡った。山芍薬の咲き具合はどうかと斥候したが、あいにくと花のピークはとっくに過ぎていた。山芍薬の谷から再び山頂へ戻り、直登コースを下って八合目登山口に帰る。
「十種ヶ峰八合目コース図、及びコースタイム」


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特急スーパー「おき」キハ187系 新山口駅⇒鳥取・米子駅行き。
(トップ画像2両編成は新山口駅行き)

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SL「C-571」

『特急スーパー「おき」とSL「やまぐち号」列車交換』


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山口線徳佐駅と十種ヶ峰。


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徳佐より見る十種ヶ峰。


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十種ヶ峰スキー場側の八合目登山口コースより見る十種ヶ峰。


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八合目登山口コース。


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八合目登山口・権現社コースにある熊野権現社。


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熊野権現社コースより見る神角集落と大蔵ヶ岳。


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十種ヶ峰山頂 2020/05/07 11:04


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十種ヶ峰山頂付近の風景。


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東北尾根より十種ヶ峰山頂を見る。


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福谷池・神角コースより主(ぬし)ブナ尾根、及び山芍薬の谷を見る。


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新緑の主ブナ尾根コース(神角コース)。


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主(ぬし)ブナ。


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神角コースと山芍薬の谷との分岐点。


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既に開花のピークを過ぎていた山芍薬。

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過去に撮った山芍薬の花。


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山芍薬の谷上部。


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山芍薬の谷を上り南尾根分岐点に着く。


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南尾根から十種ヶ峰山頂南肩を望む。


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再び十種ヶ峰山頂に戻る。


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直登コースを下山し八合目登山口に帰着。


↓以下の画像は十種ヶ峰山頂からの展望。
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飯ヶ岳(左)と石ヶ岳(右)
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飯ヶ岳


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弟見山(左)と莇ヶ岳(右)


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高岳山(上)・法師山(中)・青野山(下)。


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Aegis Ashore候補地?防相が2020/06/15に配備停止⇒6/25に撤回を表明。
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右ヶ谷より弟見山へ、カタクリの花。

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 椛谷猿田原の右ヶ谷より、弟見山へカタクリの花を見に行く。右ヶ谷川を離れホンエキとホンミギ谷に挟まれた794m尾根より、莇ヶ岳から延びる弟見山への県境登山路に出る。794m尾根は笹が刈られており作業された方に感謝。この右ヶ谷コースは、早くから存在していたものが復活したらしい。1990年4月15日に我が山の会が登った記録があり、このときも笹漕ぎなしの小径があったという。主尾根に合流するあたりの983m峰付近に植林地があるものの、全コース殆ど落葉広葉樹林なので新緑・紅葉時の山歩きは格別だろう。展望地近くから弟見山山頂に着くまでのあいだというもの、落葉樹林を吹きわたる風にそよぐ愛しの妖精達に再会できた。往路下山。
「弟見山右ヶ谷コース図」

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第一の橋を渡り右岸へ。


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右ヶ谷川沿いの右岸小径。


第二の橋IMGP3258.jpg

第二の橋を渡り右岸から左岸へ。


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第三の橋を渡り右岸へ。


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イチリンソウが咲く右岸小径。


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イチリンソウの小群落。


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時期的に遅く淡黄色の雄しべ葯が落ちている。


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右岸小径状況。


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右ヶ谷川の渓相。


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右岸から左岸に渡渉し、794m尾根を登る。


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794m尾根の切り開き小径。


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794m尾根の切り開き小径。


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794m付近。


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794m尾根の切り開き小径。


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小径の傍らにイワカガミ。
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本コースの象徴的な幹が絡んだ無骨なブナ。


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北面のホンミギ谷方面を見る。


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983m付近で莇ヶ岳からの登山路に合流。


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弟見山への弾丸登山路。


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登山路より弟見山南肩を遠望。


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展望地に近づくにつれカタクリが散見される。


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展望地に着くまでの登山路傍らに咲くカタクリの花。
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展望地より南に983峰と莇ヶ岳を見る。
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莇ヶ岳。


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展望地から弟見山山頂への登山路傍らに咲くカタクリの花。
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弟見山山頂。2020/04/27 12:40


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莇ヶ岳より見る弟見山。

ミツマタ、早春の添景。

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ミツマタ(三椏)落葉低木 ジンチョウゲ科ミツマタ属 
 早春、山麓の集落を抜けて、そろそろ山径にかかる頃、道端や杉林の中などでよく見かける。名のとおり、三つのまたに岐れた武骨な枝の先端に淡黄色をにじませた花群が、ほっかりとふくらんで咲く。まるでコールテンの造花のように密毛でおおわれたこの塊状花序には、とても風雪の入りこむ隙間はないようで、残雪の中で出会っても、微塵の寒さも感じさせないミニ別天地をつくっている。
 ミツマタはサキクサ(三枝)として万葉集にも歌われている古い帰化植木で、日本にはコウゾやカジノキと共に製紙原料として古くから栽培されてきた。県内でも、コウゾ・ガンピによる製紙は中世よりおこなわれ、大内時代を経て毛利藩制時代に最も盛んになり、米・塩と共に防長三白のひとつとして(ハゼによる製鑞も含め防長四白ともいう)藩の厳重な管理のもとに大々的に栽培された。しかし明治を経て大正・昭和になると、それまでほとんど見られなかったミツマタが急激に増えてくる。

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 もともとミツマタはジンチョウゲ科であり、クワ科のコウゾなどとは繊維の質が違う。製紙工程が手漉きから機械漉きに変わるにつれ、繊維が長く搦み合うコウゾにかわって細かく短かい繊維のミツマタが製紙原料の主座を占めるようになったようだ。そして奥山代、前山代宰判(周防国の県境地帯)を中心に栽培され、戦前・戦中は印刷局の紙幣用紙原料をして三万キログラムを納入していたとのことだ。(『防長造紙史研究』御薗生翁著)しかし戦後は大手パルプ企業の寡占化、洋紙万能の風潮に抗しきれず、わずかの山間の集落を除いてはほとんど姿を消してしまった。
 今、山麓に点々と見られるのは、当時の植栽樹が残存または逸出したものだろう。『山口県植物誌』では自生植物として取り扱われているが、それでも人里からはなかなか離れられないようで、農道や沢筋の早春の貴重な添景となっている。 〝ミツマタは頬寄せ合うて雪に生き〟


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ミツマタの花を撮った山域

ユズリハ(楪)常緑高木 トウダイグサ科ユズリハ属 

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 「ゆずるはの、いみじうさやかに艶めきたるは、いと青う清げなるに、思いがけず似るべくもあらず、茎のいと赤うきらきらしう見えたるこそ、あやしいけれどおかし。」平安朝の特異な新感覚派、清少納言は『枕草子』でユズリハをこのように評している。彼女の感覚では、鮮やかな紅の葉の柄は青く清げな黄みどりの若葉とは似つかわしくなく映ったようだ。これは私の無責任な妄想なのだが、彼女はおそらくダイダイやウラジロなどと共に縁起ものとして正月の鏡餅に添えられたユズリハを見ての感想を披瀝したのではなかろうか。
 ユズリハは県内のほとんどあらゆる山にあり、地名にも周南市の譲羽、楠木町の譲葉、徳地町の楪、山口市嘉川の出葉など各地域に点在している。『山口県地名考』(高橋文雄著)によれば、その数は二十ヶ所におよぶとのことだ。それらの地域を訪れると、ほとんど立派なユズリハの巨木があったり若木が山腹に群生したりしているが、鮮紅色の艶やかな葉柄と幅広な浅緑の若葉との色の対比はドキッとするほど見事で、思わず息を呑む。清少納言は自然の息吹の中でこの鮮やかないきいきした色のドラマを直視したことがあるのだろうか。
 ユズリハが新春の床の間に欠かせないアクセサリィーになっているのは、その葉や柄の色にその名の縁起をかついでのことなのだろう。しかし代を次の世代に譲るというのは、すべての植物(いや、動物でも)にとっては当然のことだ。若葉が出る前後に古い葉が落ちるのは植物の宿命で、新芽がまだ苞に包まれている年内に落葉樹、年が明け、新芽の成長を見とどけてから落ちるのが常緑樹であり、これは程度の差に過ぎない。(極論か?)しかもユズリハは常緑樹の中でそれほど新旧交替が潔いとも思われない。
 二年以上、枝にしがみついている旧葉を見かけることは、むしろ普通のことだ。ただ、ユズリハの場合、新と旧とは色でも(浅緑と灰色)姿勢でも(斜上と下向)その対比が鮮やかであることは否めない。
 「正月ござった、どこまでござった。神田までござった、なんに乗ってござった。譲葉に乗って、ゆずりゆずりとござった。」(江戸の童うた)

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半四郎山・広見山・旧/恐羅漢山と三本栃。

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 広見川支谷のシロワラビ谷に付けられた登山道から半四郎山・広見山を経て恐羅漢山に登る。麓ではまだまだの紅葉も、山上では所どころ落葉が見られ最盛期を過ぎた感があった。
 1,118m峰へは、暗い植林地の小径から一転して明るくのびやかな尾根道に変わる。この情景転換は山歩きの楽しさが味わえ好きな場所である。笹原の山頂はまさに三百六十度の展望で、山座同定にいとまがない。南面には、冠山・寂地山・大神ヶ岳・安蔵寺山・燕岳等が朝の斜光に黒く浮かぶ。北面には、半四郎山を前景にこれから辿る広見山や遠く恐・旧羅漢山が、東面には焼杉山・十方山北峰・京ツカ山・五里山等が望める。
 最初にこの山を広見山側から訪れたときは笹漕ぎをして登ったが、今では東北面の笹原山腹が稲妻形に切り開かれているのも面白い。
 半四郎山には、大正三年三月に戸河内町横川の木地師であった半四郎・虎若父子が、雪山遭難した悲哀史があるという。それまで無名だった山名がその事件により、1,126m峰が半四郎山として通じるようになったという。
 広見山からは東面に恐羅漢山や旧羅漢山の悠揚迫らざる姿が圧巻である。以前は、旧羅漢山山頂付近には露出した岩塊群が白く輝いて見えていたものだが、樹木が伸びて見えなくなっている。この岩塊群は氷河期に形成されたゴーロと云われている。古くには岩塊が羅漢仏に見立てられたことから、羅漢山と呼ばれるようになったらしい。
 ジョシのキビレからカマのキビレの尾根は笹が刈られていて、藪漕ぎすることなく歩かれた。こんな山奥に刈払機を持ち込まれ、笹を刈られた方の労力に感謝の至りである。なお、カマのキビレには中の道という木札が掛かっているが、亀井谷道とハゲノ谷・ミチガ谷道に対して中の道ということなのだろうか?
 旧羅漢山から恐羅漢山を往復し、ハゲノ谷左谷の三本栃に寄る。カマのキビレから最初は小径があるものの、途中から土石流のためか消滅している。それらしきところを探りながら下っていると、転石がゴロゴロして荒れている沢筋の左側に「広見の三本栃」が現れてきた。おそらく三十年振りぐらいの再会である。今や老木のためか一番大きな幹が折れており、幹の根本を覗き込むと野生動物が棲めそうな虚となっていた。
 ハゲノ谷川の左岸から右岸へ渡渉すると林道の終点であった。やがてミチガ谷林道との分岐に出会い、半四郎山登山口まで清冽な流れの広見川を見ながらの長い林道歩きとなる。
「国道488号線御境付近」広見の半四郎山登山口へ 

1.半四郎山登山口 IMGP2232.jpg
広見林道 半四郎山登山口。


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シロワラビ谷 半四郎山登山道。 


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1.118m 峰 南尾根道。 


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南尾根道より見る半四郎山 右奥後方は旧羅漢山。


3.向半四郎山山頂直下IMGP2297.jpg
1,118m峰南尾根登山道  右後方は広見山。


4.冠山寂地山IMGP2285.jpg
尾根道から振り返ると冠山・寂地山・大神ヶ岳・安蔵寺山等の展望が。


5.向半四郎山山頂 IMGP2329.jpg
1,118m峰(向半四郎山)山頂 後方は広見山。


6.半四郎山IMGP2373.jpg
1,118m峰より見る半四郎山。


7-2.ホンゾウクビレIMGP2378.jpg
ホンゾウのクビレより見る1,118m。


7.半四郎山山頂IMGP2419.jpg
半四郎山山頂(1,126m)


8.向半四郎山IMGP2402.jpg
半四郎山より見る1,118m峰 後方は安蔵寺山・燕岳・青野山・十種ヶ峰。


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半四郎山より見る1,118m峰。


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半四郎山より見る1,118峰のスイッチバック登山道UP。


10.春日山IMGP2457.jpg
半四郎山より見る春日山 


10-3-1.天杉山恐羅漢山IMGP2447.jpg
半四郎山より見る天杉山・中ノ川山・恐/旧羅漢山。


10-3-2.天杉山IMGP2455.jpg
半四郎山より見る天杉山。


10-4.恐旧羅漢山IMGP2389.jpg
半四郎山より見る恐・旧羅漢山。


10-5.旧羅漢山山頂IMGP2391.jpg
半四郎山より見る旧羅漢山山頂UP。


10-6.恐羅漢山焼杉山IMGP2386.jpg
半四郎山より見る恐/旧羅漢山・焼杉山・十方山北峰。


11.広見山IMGP2489.jpg
半四郎山より見る広見山 右奥は天杉山。


12.広見山山頂IMGP2502.jpg
広見山山頂(1,186.5m)。


13.広見山山頂IMGP2505.jpg
広見山山頂の小平地。

14.恐・旧羅漢山IMGP2532.jpg
広見山山頂から見る恐・旧羅漢山。


14-2.ミチガ谷ジョシのキビレ分岐.jpg
ミチガ谷からジョシのキビレへの分岐地点。


15.ジョシノキビレ IMGP2539テキスト.jpg
ジョシのキビレ。


16-2.カマノキビレIMGP2575.jpg
カマノキビレ。


16-3.IMGP2573.jpg
旧羅漢山山頂付近の岩塊。


17.旧羅漢山山頂 IMGP2541.jpg
旧羅漢山山頂(1,334m)


18.半四郎山広見山IMGP2542.jpg
旧羅漢山山頂より見る半四郎山・広見山。


19.向・半四郎山IMGP2547.jpg
旧羅漢山山頂より見る1,118m峰・半四郎山。


20.広見山IMGP2543.jpg
旧羅漢山山頂より見る広見山。


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旧羅漢山山頂より見る広見山UP。


22.恐羅漢山山頂IMGP2569.jpg
恐羅漢山山頂 2019/11/05 13:26


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恐羅漢山山頂より見る臥龍山等の北面展望。

24.サバの頭から彦八の頭IMGP2558.jpg
恐羅漢山より見るサバの頭・内黒山・彦八の頭。


25.高岳聖山IMGP2564.jpg
恐羅漢山山頂より見る高岳・比尻山。


26.風力発電風車IMGP2566.jpg
恐羅漢山より見る空山・畝傍山方面の風力発電ブレード群。


27.三本栃IMGP2587.jpg
ハゲノ谷左谷の三本栃。


28.三本栃幹IMGP2578.jpg
三本栃の幹。


29.三本栃IMGP2583.jpg
いちばん大きい幹が折れ二本栃になっている。


30.1985頃の三本栃.jpg
1986年撮影 天然記念物「広見の三本栃」と書かれた標杭もまだ新しい。


31.ハゲノ谷林道終点IMGP2589.jpg
ハゲノ谷林道終点付近のミチガ谷渡渉地点。


31.ハゲノ谷ミチガ谷林道分岐IMGP2593.jpg
ミチガ谷林道とハゲノ谷林道との分岐点。


33.広見川IMGP2594.jpg
広見川上流。


34.オオアカ谷IMGP2596.jpg
広見谷左岸にある横川越えへ通じるオオアカ谷出合。


35.半四郎山登山口駐車地点付近IMGP2229.jpg
半四郎山登山口付近の駐車地点へ帰着。


半四郎山・恐羅漢山概念図40%.jpg
半四郎山・広見山・恐羅漢山概念図。


ヤマレコから転載 比高断面図あり。
「半四郎山・広見山から恐羅漢山へ」



オミナエシ(女郎花)オミナエシ科オミナエシ属 多年草

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 オミナエシに「女郎花」の字を当てるのはいかにも気の毒だという意見をよく聞くけれど、それはどうだろうか。女郎とは必ずしも遊女を指すとは限らない。『広辞苑』によれば、(一)男子のような才気の女、(二)女子の総称、とあって、(三)に初めて遊女となっている。また、女郎は上臈(じょうろう)が転訛したものといわれる。「上臈花」とすれば、あの楚々とした気品のある姿にはぴったりなのだが、ツンと澄ました感じがちょっと気になる。ままならぬ境遇の中でひたすら耐えて過ごした女性たちに思いを馳せれば「遊女花」でもいいのではないか。
 オミナエシはオミナメシの転訛ともいわれる。細かく密集している花序の丸っこいひとつひとつをコメ粒、アワ粒に見立てたものだろう。方言も全国的にアワバナ・コメバナ・ムシアワなどが多い。県内でも長門ではコゴメバナと呼ぶという。(『山口県植物誌』)オミナエシ科の花はすべて姿かたちはそっくりで、朱のカノコソウ、白のオトコエシ、黄のオミナエシとすっきり分かれているのも面白い。高山植物のキンレイカは科のエリートで、それこそ「上臈花」にふさわしいかもしれない。
 県内に自生するこの科の草はオミナエシ・オトコエシ・オトコオミナエシ・カノコソウ・ツルカノコソウ・ノジシャの六種で『山口県植物誌』のランクによると、オトコオミナエシは<稀>、カノコソウとノジシャは<やや稀>、あとは<普通>となっている。私自身の経験ではオミナエシ、オトコエシはどの裏山でも気軽に見かけるがカノコソウは秋芳町の桂木山で一度お目に掛かっただけだ。例の『植物誌』での採取地を見ても大島の嘉納山を除いてはすべて長門地域に限られている。
 さて、オトコエシはもちろんオミナエシから派生的につけられた名だろう。全体に大がらでずんぐりしており、太くてがっしりした茎にはちゃんと毛が密生しているのも御愛嬌、毛脛(けずね)ではなく毛茎というところか。
 オトコオミナエシは両種の交配雑種でその中間形を示し花は淡黄色とのことで、前述のようにランクは<稀>で、採取地は仁保の荒谷が一ヶ所だけ記載されている。男装の麗人というべきか、シスターボーイというべきか。
 風情が抜群なのはやはりオミナエシで、ほっそり、すんなりと高く、他の草花と群れ絡んでいても風にそよぐ率がひときわ高く、絶えずひそかに揺れている。
 “ひょろひょろとなお露けしや女郎花”(芭蕉) 
 “何ごとのかぶりかぶりぞ女郎花”(一茶)
 俳諧の両巨匠が期せずして擬態語を組み込んでいるのも、このような楚々とした姿態のなせるわざなのだろう。

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恐羅漢山、台所原からカメイ谷上流へ。

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 タテヤマコースから恐羅漢山に登る。ひょろひょろっとした肢体に黄色い粟粒の頭が重そうなオミナエシが微かな風に揺れていたり、ようやく蕾が開き始めたハギが紅紫色の花を咲かせようとしていたり、ゲレンデの草原は早や初秋の気配に包まれていた。
 恐羅漢山頂は誰ひとりといなく静まり返っていた。あいにくと今にも雨が降りそうな曇天であったので山頂からの展望はすこぶる悪かった。晴れていたら北面に拡がる高岳・比尻山・弥畝山ブレード・臥龍山等や深入山・阿佐山方面もどんよりとした天候ではっきりしない。
 恐羅漢山山頂をあとに台所原分岐より、ブナを主体とする夏緑樹林帯の小径を台所原に下った。分岐は四叉路になっており亀井谷への三十三曲り道や、中ノ川山・天杉山方面のササが刈られていた。
 藪漕ぎすることなく安全で速やかに移動できるのも、恐羅漢山周辺の登山道が念入りに笹が刈られているからこそである。刈り払い機で笹を刈るのは大変な労力を要するので、作業された方にお礼申し上げます。
 件の花は既に盛りを過ぎており、葉だけが旺盛に茂り落花したものが多かった。この場所は亀井谷の源頭部付近特有の急峻な地形をしており、沢に下降するのは細心の注意を払う必要があろう。なんでも「天涯の花」とも云われるこの花は、最近頓に持て囃されているらしい。
 台所原分岐へ戻り中ノ甲林道終点へと下り、管理道を通り早手のキビレに上がる。夏焼のキビレへ下るべく尾根道を歩いている頃からポツポツと雨が落ち始めた。夏焼のキビレ付近に立つ大きなブナに立ち寄ったあと、緑陰の登山路を牛小屋高原へと急ぐ。

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恐羅漢スノーパーク、タテヤマ第二ペアリフトコース。


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タテヤマコース登山路の状況。


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旧国設スキー場ヒエバタコーストップへの分岐点。


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尾根道到着、夏焼のキビレ分岐。


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恐羅漢山山頂 2019/08/18


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山頂からの北面展望。


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台所原分岐。


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台所原へ下る登山路の状況。(以下の画像も同)
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台所原、三十三曲りカメイ谷・天杉山分岐。


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台所原より亀井谷へ下降した樹林帯。カモフラージュのためなのか台所原から当該地へ下る笹原が刈られてないのは好感が持てる。


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亀井谷を俯瞰。


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亀井谷に下降したあと右岸から沢を渡渉する。


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渡渉した左岸から眼下に小滝を見る。


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キレンゲショウマIMGP1331.jpg



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中の甲林道と管理道の分岐。


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管理道の状況。


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管理道終点、早手のキビレへの上り。


33.管理道から早手のキビレへ.jpg
早手のキビレへの登山路状況。


34.早手のキビレ.jpg
早手のキビレ。


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ヤハチのキビレ


35.夏焼のキビレ.jpg
夏焼のキビレ。


36.夏焼のキビレ付近のブナ.jpg
夏焼のキビレから砥石川山登山口の間にあるブナ。


37.夏焼のキビレから牛小屋高原へ.jpg
夏焼のキビレから牛小屋高原に下る登山路の状況。


38.牛小屋高原カヤバタゲレンデ.jpg
牛小屋高原へ帰着。カヤバタエコロジーコース。


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当日の行程図(一部省略)
牛小屋高原駐車場出発10時⇒13時40分帰着。

ウバユリ(姥百合)ユリ科ユリ属 

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 県内に自生するユリ属の仲間はヒメユリ、ササユリ、ウバユリ、オニユリ、コオニユリの五種だけだ。(『山口県植物誌』)ほかにチゴユリ、ナルコユリ、などもあるが、これらはユリ科ではあってもユリ属ではない。
 五種のうちのヒメユリは『山口県植物誌』では“やや稀”のランクに属しており私はまだお目にかかったことがない。あとはすべて“ふつう”にランクされている。
 シャクナゲやイワカガミなどのあとを受け梅雨入りとともに姿をあらわすササユリは湿気の多い尾根などでひと月を過ごし梅雨が明けるとひっそりと消えてゆく。これと入れ替わりに開花するのがオニユリ、コオニユリで炎天下を耐え抜いて夏を彩る。蔭地を好むウバユリはあのイカツイ姿態のように生命力は強靭でササユリ、オニユリの両花期を通じて咲き続ける。
 小雨の中、わずかにうつむいて開く、ほんのりと薄紅をさしたような淡いピンクのササユリが羞じらう乙女の姿を思わせるとしたら、あえて炎天にいどむように鮮やかな橙紅色の花弁をそり返して群生するオニユリ、コオニユリは邪気を知らぬ童子にも似ている。
 これらにくらべるとウバユリは一切が異様でごつい。葉は大きく、長い柄で四方に張り出し、中空の茎は太く高く直立し、そこから水平に雁首を伸ばした緑白色の半開きの花はいかにも面妖で、その名の如く山姥を彷彿とさせる。

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 私が最初にウバユリに出会ったのは、どこの山だったか忘れたが、沢沿いのうす暗いスギ林の中にあった崩れた炭焼小屋のまわりだったので、何とも薄気味悪く、恐る恐る近寄ったものだ。しかし、その後、近くの裏山や町外れの社叢などにも至って気軽く澄みつくこの花にしげしげと出会っているうちに、その無骨さに滑稽な親しさを感ずるようになった。貫禄のありすぎる身体をもて余し、周囲の眼を気にして無器用にテレている人の良いオバタリアンにも見えてきた。
 ウバユリは花が開くころには葉(歯)がすでに落ちているので姥の百合と名づけられたとも言われるが、これはどうも眉唾で、私が県内で出会った限りでは花と葉はちゃんと共生していた。とくに青海島の西端、高山の山頂一帯に群生していたウバユリは花も葉も若々しく真夏の木漏れ日の中でムンムンと植物ホルモンをまき散らしていた。

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 なお、“やや稀”のヒメユリは、かってはむつみ村千石台が群生地として知られていたが昭和四十年代後半から激減、このため昭和六十年、県農業試験場で球根の増殖に取り組み五〇〇個生産に成功、そのうち二〇〇個を千石台に移植したとの記事が当時の新聞に載っていたが、その後どうなったことか。

十種ヶ峰、福谷池・名賀越え・山芍薬。

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 十種ヶ峰へ福谷池コースから登り、併せて今が見頃らしい神角の山芍薬の自生地を訪ねる。福谷池への林道は、幅員が狭く離合が困難なうえ石がゴツゴツ露出し路面が荒れている。そこで、車を乗り入れるのを止め長い林道歩きとなる。福谷池堰堤より、萌黄色の新緑と謎めいた湖面を前景に、目指す十種ヶ峰の尖峰が見える。
 堰堤上を通り左岸湖畔沿いの小径を辿ると山口・島根県境の名賀(なよし)越えに着く。この県境峠より十種ヶ峰東南山腹に開削された古い林道を登って行く。以前は伐採後でまだ眺望もあり、名賀越えより県境尾根を直接登っていた。
 林道終点からは県境尾根に残っている小径を辿って行く。ここから先は十種ヶ峰の秀麗な山容がよく眺められ、尾根歩きの急登で疲れた体を癒してくれたものだが、今では植林の生長で爽快な景色は失われている。
 神角コース分岐から、本州西限地と思われるブナが点在する夏緑樹林帯の尾根を下る。尾根の途中に主ブナと呼ばれる太い幹のブナが立っていた。尾根を下り切ると神角コースと別れ、底の抜けた堰堤が見られるザレ場から山芍薬の自生地を登って行く。光沢のある緑葉の波に乗っかったヤマシャクヤクの花は、清楚な白い花弁と黄色い葯の調和がとても綺麗である。カタクリを見終わってさびしい気持ちになることもなく、リレーして元気にさせてくれるヤマシャクヤクの花を見れるのも、地域の方が自生地を手厚く管理されているからであり、感謝の至りである。
 山芍薬を観賞しながら登っていると、いつの間にか再び県境尾根に出た。その先は植林帯もなくなり、やっと山頂が顔を見せてくれ新緑のなか快適な登りとなった。振り返ると、先程通った新緑に萌えるブナ尾根や山芍薬の浴が俯瞰できた。
 山頂へ到着すると、目を惹く綺麗な蝶(キアゲハ)が舞っていた。一等三角点の標石を一瞥し、チュウゴクザサに覆われた北東尾根へと急ぐ。切開きが終了したあたりからチュウゴクザサを漕ぎ、名賀から延びる林道を目差して下降する。
 林道へ降り着きほっとしたのも束の間、名賀越え方面へは土石流で林道が流されたらしく寸断していた。河床が深く切れ込んでおり渡るのは危険であり、若い時ならいざ知らずここは自重した。そこで、林道と別れ枝尾根を辿って津和野町名賀側の県道13号線へ下りる。下りた場所は、名賀地域センターより数百メートル上側で、重連の堰堤があった。
 県道13号線を希望(のぞみ)橋を渡り、愛宕神社がある白井へ出る。山口線は直ぐそこで、何でもここはSL撮影のスポットらしく撮り鉄がカメラの放列を布いて待機していた。
 白井より島根・山口県境峠の徳佐越えの鞍部を目差す。地図では破線だが、前半は古い林道である。しかし、鞍部に近づくに連れ林道は消滅する。鞍部には古い道標があり、防石との往来道であったことを物語る。
 徳佐の田園地帯を通り、東面に展開する高岳山から三ツヶ峰の稜線を見ながら出発点の福谷林道に戻る。
 あとから地図で振り返ると、名賀地域センター付近より名賀越えへ延びる林道を上り返し、福谷池側に下れば時間がかからずに済んだようだ。だが、また林道の寸断箇所に出会ったかも知れない。結果的に大迂回になったが、名賀から白井へ、そして徳佐越えのコースは、希望橋や白井SL撮影スポット等、知らない場所の発見があり新鮮であったのでよしとしよう。


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福谷池へ至る林道。


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福谷溜池築造記念碑。


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福谷池より見る十種ヶ峰。


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福谷池の左岸湖畔にある名賀越えへの小径。


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福谷池北端より堰堤方向を見る。


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福谷池北端、土留めに栗石蛇駕籠が設置された堆積帯。


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福谷池上流の渓流。


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福谷池上流から名賀越えへの小径。


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名賀越え 資材倉庫や廃車(乗用車・2tダンプ)バックホーあり。


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名賀越えから延びる十種ヶ峰南面山腹への林道。


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十種ヶ峰、山口・島根県境(東南)尾根の林道終点。


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十種ヶ峰、県境尾根の状況。


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神角コースとの分岐点。


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分岐よりブナが点在する神角コースを下る。


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ブナ尾根(神角コース)夏緑樹林帯より見る十種ヶ峰山頂。


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ブナ尾根を下るときの速さからかなりの健脚とみた単独ハイカーさま。
ふと振り返ると、自分が撮り終えるまでそっと待って頂いた優しさに感激。


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登山道の傍らに立つ樹齢200年の主(ぬし)ブナ。


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ヤマシャクヤク(山芍薬)ボタン科ボタン属 多年草 
以前はキンポウゲ科であったというがボタン科に独立する。根は薬草になり鎮痛剤等に使われるという。秋には落葉。レッドリストでは準絶滅危惧種とのこと。

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ヤマシャクヤクの花言葉⇒「恥じらい」「はにかみ」 花が夕方になると、はにかむように閉じるからだという。花後は結実し、それが弾けたあとに黒い種子とグチュグチュになった赤い不稔粒の塊になる。その姿はさながらミッキーマウスの顔に似ている。

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「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉があるが、その芍薬は園芸種を指しているといえよう。個人的には、園芸種はアクの強い華麗さが漂い過ぎなので、断然、清楚系女子を感じさせるヤマシャクヤクの方に魅かれてしまう。

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5~7弁の白い花びらの内側に、根本が紅紫色の黄色い葯(雄しべ)が、中央の2~3本の花柱(雌しべ)を囲んで守り抱いている。色の付いた柱頭の先端がやや曲がっているのも特徴的である。

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雪害で歪曲したブナと山芍薬。


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山芍薬の浴(エキ)を登り切ると再び県境尾根に到着。


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県境尾根道より見る十種ヶ峰。


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県境尾根道より見る十種ヶ峰山頂。


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尾根道の傍らに咲くセンセーショナルピンクが鮮やかな三葉躑躅。


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尾根道より俯瞰する新緑で瑞々しいブナ尾根及び山芍薬の浴。


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十種ヶ峰山頂。


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山頂のチュウゴクザサに止まるキアゲハ(♀)。


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十種ヶ峰東北尾根。


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東北尾根より見る十種ヶ峰山頂。


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東北尾根上の切り開き小径終了点。


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ササを漕ぎ東北尾根を下る。


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名賀より延びる林道に降着。


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林道傍の杉に掛けられた林野庁山火事防止キャラクターの看板。


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県道13号線に下り着いた場所にある重連の堰堤。


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名賀地域センターと町営コミュニティバス停の間に名賀越え林道入口あり。


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島根県津和野町名賀の県道13号線の希望橋。


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希望(のぞみ)橋。


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名賀白井より徳佐越えへの橋を渡る。


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徳佐越えの道は古い林道だが県境鞍部手前で消滅している。


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県境鞍部の古い道しるべ標石
東面⇒右 ツワノ(津和野)カネ(嘉年)道  西面⇒左山道  
南面⇒道しるべ 北面⇒熊本県富田はどういう意味か不明?


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県境鞍部を徳佐に下ると上宇津根の堤に出会う。


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上宇津根の田園地帯に咲く蓮華。


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徳佐の田園地帯より見る高岳山。


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山口線踏切貞行付近より見る十種ヶ峰。


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上記画像近くにSL撮影メッカの「徳佐のSカーブ」があり。


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福谷川河畔の出発地に帰着。


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≪概念図・コースタイム≫

山のお菓子Vol.2・3 「永源山」 「皇座山」

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≪山のお菓子Vol.2 永源山≫

  永源山山頂には、まだ周南市と合併前の旧新南陽市の頃に、オランダ・フローニンゲン州デルフザイル市と姉妹都市提携を結んでいた関係で、山頂には「ゆめ風車」と呼ばれる日本では最大規模と云われる風車がある。 また、間欠的に噴水が噴き出る設備が施され、生命の維持に欠くことが出来ない水をテーマにした総合公園でもある。面積13.3 haと云われる永源山公園には、季節折々に心を和ませ笑顔で会える季節の花や花木が植栽されている。公園のイベントとしては、GWにフリマ等が開催されるつつじ祭りが有名である。公園を取り巻く照葉樹林の中は縦横に散策路が施され、園路と併せてウォーキングやランニングに活用されており健康増進の場としても親しまれている。

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前回掲載の嶽山と同じ菓子店で販売されている永源山(2019)
旧バージョンと比べ包み紙の絵が繊細になり抹茶味も追加

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旧バージョンの永源山(2007)


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平野港より見る永源山

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永源山山頂風車

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風車一階内部

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永源山公園


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販売店舗


【山のお菓子Vol.3 皇座山】

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 上関町室津半島の先端にある一等三角点本点の皇座山(526.7m)を菓子名にした焼菓子を見付ける。過去に登ったことがあるが、ネガフィルム時代だったので山行を記録した電子データなし。後年、平郡島に渡るフェリーの船上から皇座山を撮ったものがあったので掲載。
 上関町観光案内より⇒「源氏と平家の屋島の戦いに続き、周防の戦いが柳井市池の浦であり、安徳天皇は皇座山を越えて赤間関へ。皇座山を越えるとき、安徳天皇は山頂で一休みされたため、「皇の座する山」と言われるようになりました。山口県百名山に選ばれています。山頂の皇座山稲荷は商売繁盛祈願に参拝する人が多いです。」

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コラボ 嶽山・皇座山

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販売店舗

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皇座山

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皇座山

錦川清流線「南河内駅」。

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 岩国駅から北の錦町広瀬駅間に敷設された錦川清流線の南河内駅は、桜の咲く季節に先に咲いていた菜の花との共演コラボを縫って、個性的にペイントされた気動車が走るのが見られるとのことである。そこで、何やらミーハー(死語?)的ではあるが、捨てても置けず南河内駅に行ってみた。別に鉄オタ・カメオタではないけれど俄か撮り鉄になって、南河内駅付近の田園に各々ベストポジションを確保して散開する鉄道マニアやカメラマニアらしきと見られる皆さんに紛れ込み、彩色豊かな気動車を撮った。日常の憂さを忘れ、こんなワクワク感に浸れたのも、私有地である田圃に無断で入ったのに黙認して戴いたこそであり、何を置いても感謝します。
 南河内駅に着き撮影スポットの菜の花畑へ行く途中に、西側に山容のよい山が見えてきた。山の記事を多く掲載している当ブログ管理者としては放っても置けず、さっそく山の名を推測してみた。過去に新聞のローカル面に雲霞山のことが載っていたのが頭に浮かんだ。帰って調べてみるとやはりそうであった。

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NT3004 きらめき号イエロー(ホタル)

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1両目NT3003 こもれび号グリーン(カワセミ) 
2両目NT3002 ひだまり号ピンク(サクラ)


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南河内駅から見る雲霞山



桜の花が満開の河川敷。

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 満開の時機を狙っていた河川敷の桜が、例年だいたい仕事や所用で機会を逸していたのだが、今年は都合よくベストタイムに行くことができた。当日の空は微塵も雲がない快晴に恵まれ、こんなことは滅多にない絶好の桜日和であった。だが、シャッターを押した瞬間はしめたと思ったのだが、こうして画像で見ると平凡に映り、やっぱりリアルタイムに見た感動ほど優るものはない。

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